結論から申し上げます。理事が自己または第三者のために法人の事業の部類に属する取引をしようとするときは、重要な事実を開示して承認を受けなければなりません(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律〈以下「一般法人法」〉84条1項1号)。これが理事の競業避止義務と呼ばれるものです。
承認する機関は法人の形で変わります。理事会を置く一般社団法人は理事会、置かない一般社団法人は社員総会、一般財団法人は理事会です(92条1項、84条1項、197条)。理事会設置法人では、さらに取引をした後、遅滞なく重要な事実を理事会に報告しなければなりません(92条2項)。
承認を取らなかったときの効き方も知っておく必要があります。理事が84条1項に違反して競業取引をしたときは、その取引で理事または第三者が得た利益の額が、法人に生じた損害の額と推定されます(111条2項)。この記事では、対象になる取引、承認の取り方、報告義務、承認を取らなかったときの責任、NPO法人の扱い、そして従業員の競業避止義務との違いまでを順に整理します。
競業避止義務とは ― 「事業の部類に属する取引」に承認を要求する仕組み
一般法人法84条1項は、理事が次の取引をしようとするときに、重要な事実を開示して承認を受けることを求めています。1号が「理事が自己又は第三者のために一般社団法人の事業の部類に属する取引をしようとするとき」、2号が「理事が自己又は第三者のために一般社団法人と取引をしようとするとき」、3号が「一般社団法人が理事の債務を保証することその他理事以外の者との間において一般社団法人と当該理事との利益が相反する取引をしようとするとき」です。
このうち1号が競業取引、2号が直接取引、3号が間接取引と呼ばれます。競業取引は、法人と理事が取引の当事者になるわけではありません。理事が外で法人と同じ分野の取引をすることそのものが対象です。法人の事業の機会や取引先が理事の側に流れることを防ぐ趣旨です。
背景には忠実義務があります。理事は、法令及び定款並びに社員総会の決議を遵守し、法人のため忠実に職務を行わなければなりません(83条)。競業避止義務は、この忠実義務を具体的な手続に落とした規定と位置づけられます。
禁止ではなく、承認を受ければできる、という作りである点も大切です。承認を取れば、理事が外で同じ分野の取引をすること自体は妨げられません。
どこまでが「事業の部類に属する取引」か
条文は「法人の事業の部類に属する取引」と定めています。法人が現に行っている事業と同じ分野の取引が中心です。定款の目的に書いてあるだけで実際には行っていない事業まで、常に含まれるわけではありません。
「自己又は第三者のために」とあるので、理事が自分の名で行う場合だけでなく、別の法人や個人の代理人・代表者として行う場合も対象になります。理事が別の法人の代表理事や取締役を兼ねていて、そちらで同じ分野の取引をする場面は、この形に当たります。
一回ごとの取引について毎回承認を取るのが原則ですが、継続的な取引では、取引の種類・相手方・期間・数量の見込みなど重要な事実を示して、一定の範囲について承認を受ける運用がとられます。範囲を示さずに「今後いっさい任せる」という包括的な承認は、重要な事実の開示という要件を満たさないおそれがあります。
| 場面 | どの号か | 承認の要否 |
|---|---|---|
| 理事が個人で、法人と同じ分野の事業を始める | 84条1項1号(競業) | 必要 |
| 理事が別法人の代表として、同じ分野の取引をする | 84条1項1号(競業) | 必要 |
| 理事が自分の建物を法人に貸す | 84条1項2号(直接取引) | 必要 |
| 法人が理事の借入を保証する | 84条1項3号(間接取引) | 必要 |
| 理事が、法人が行っていない分野で事業を行う | ― | 競業には当たらない(兼職の可否は定款・契約の問題) |
誰が承認するか ― 理事会設置法人、非設置法人、財団で変わる
理事会を置かない一般社団法人では、84条1項がそのまま働き、社員総会が承認します。
理事会を置く一般社団法人では、92条1項が84条1項の「社員総会」を「理事会」と読み替えます。承認は理事会の決議で行います。当の理事は、その決議について特別の利害関係を有する理事にあたるため、決議に加わることができません(95条2項)。
一般財団法人には社員がいません。197条が、84条1項の「社員総会」を「理事会」と読み替えて理事の規定を準用します。財団では理事会が必置なので、承認は理事会で行います。
承認を受けた事実と内容は、議事録に残します。後から「承認を取っていた」と言えるかどうかは、議事録の書きぶりで決まります。
| 法人の形 | 承認する機関 | 根拠 |
|---|---|---|
| 一般社団法人(理事会を置かない) | 社員総会 | 一般法人法84条1項 |
| 一般社団法人(理事会を置く) | 理事会 | 一般法人法92条1項 |
| 一般財団法人 | 理事会 | 一般法人法197条(84条1項を読み替えて準用) |
取引の後に報告する ― 理事会設置法人の92条2項
理事会設置一般社団法人では、84条1項各号の取引をした理事は、取引後遅滞なく、その取引についての重要な事実を理事会に報告しなければなりません(92条2項)。一般財団法人も197条により同じ扱いです。
事前の承認と事後の報告は別の義務です。承認を受けていても、報告を省略してよいことにはなりません。継続的な取引について包括的な承認を受けている場合は、実際に行った取引の内容を定期的に報告する運用になります。
これとは別に、理事は、法人に著しい損害を及ぼすおそれのある事実を発見したときは、直ちに社員(監事設置法人では監事)に報告しなければなりません(85条)。競業取引で法人の取引先を失うおそれが生じたような場面は、こちらの報告義務にも関わります。
承認を取らずに競業取引をしたときの責任
役員等は、その任務を怠ったときは、法人に対して、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(111条1項)。問題は、法人の側が損害の額をどう証明するかです。競業取引では、法人がどれだけ儲け損なったかを直接に示すのが難しいという事情があります。
そこで111条2項は、理事が84条1項に違反して1号の取引をしたときは、その取引によって理事または第三者が得た利益の額を、損害の額と推定すると定めています。理事の側が得た利益の額から出発できるということです。
2号・3号の取引によって法人に損害が生じたときは、取引をした理事、取引をすることを決定した理事、理事会の承認の決議に賛成した理事は、任務を怠ったものと推定されます(111条3項)。承認に賛成した理事も推定の対象に入っている点に注意してください。
推定は、反対の証拠を出さない限りそのまま扱われるという意味です。承認を取るかどうかは、後から責任を争うときの立場を決めます。
取引を止めたいとき ― 社員・監事の差止請求
理事が法令に違反する行為をし、またはするおそれがある場合、社員は、法人に著しい損害が生ずるおそれがあるときに、その行為をやめることを請求できます(88条1項)。監事設置一般社団法人では「著しい損害」が「回復することができない損害」に読み替えられます(88条2項)。
監事設置一般社団法人では、監事も同じ要件で差止めを請求できます(103条1項)。裁判所が仮処分で理事に行為の差止めを命ずるときは、担保を立てさせないものとされています(103条2項)。
法人が理事の責任を追及する訴えを起こす場面では、監事設置一般社団法人は監事が法人を代表します(104条1項)。理事が法人を代表する原則(77条4項)の例外です。
そのほか、業務の執行に関し不正の行為や法令・定款違反の重大な事実を疑う事由があるときは、総社員の議決権の10分の1以上を持つ社員が、裁判所に検査役の選任を申し立てることができます(86条1項)。
NPO法人には競業避止義務の規定がない
NPO法には、一般法人法84条1項1号のような競業取引の承認の規定はありません。NPO法が置いているのは利益相反の規定で、法人と理事との利益が相反する事項について理事は代表権を有せず、所轄庁が利害関係人の請求により又は職権で特別代理人を選任する、という形です(NPO法17条の4)。
つまり、NPO法人の理事が外で同種の事業を行うことについて、法律上の承認手続は定められていません。定款や内部規程で、理事の兼職や競業についての取り決めを置いている法人はありますが、それは法人が自分で決めたルールです。
一方、法人と理事が当事者になる取引(一般法人法でいう直接取引・間接取引に近い場面)は、17条の4の利益相反として扱われ、特別代理人の選任という別の手続に進みます。
| 法人 | 競業取引 | 法人と理事の取引 |
|---|---|---|
| 一般社団法人・一般財団法人 | 承認が必要(84条1項1号・92条1項・197条) | 承認が必要(84条1項2号・3号) |
| NPO法人 | 法律上の承認手続はない | 理事は代表権を失い、所轄庁が特別代理人を選任(NPO法17条の4) |
従業員の競業避止義務とは別の話
「競業避止義務」という言葉は、退職した従業員が同業他社に転職したり、同じ商売を始めたりすることを制限する文脈でも使われます。こちらは就業規則や誓約書、退職時の合意など、契約に基づく制限です。
この記事で扱っている理事の競業避止義務は、法律が承認手続を求めているものです。根拠が契約か法律かという違いがあり、効果も違います。理事の場合は、承認を受ければ取引ができ、承認を欠いた場合には損害額の推定という形で責任の場面に効きます。
理事が法人の職員を兼ねている場合は、両方の話が同時に出てくることがあります。役員としての承認手続と、雇用契約上の取り決めを、分けて確認してください。
- その取引が、法人が現に行っている事業の部類に属するかを確かめたか
- 理事が自分の名で行うのか、別法人の代表として行うのかを確かめたか(どちらも対象)
- 承認する機関はどこかを確かめたか(理事会設置なら理事会・非設置なら社員総会・財団は理事会)
- 承認を求める場で、取引の相手方・種類・期間・数量の見込みなど重要な事実を開示したか
- 当の理事を決議から外したか(特別の利害関係を有する理事は決議に加われない)
- 承認の事実と開示した内容を議事録に残したか
- 理事会設置法人で、取引後に重要な事実を理事会へ報告したか(92条2項)
よくある誤解を4つ
一つめは「理事は同じ分野の仕事をしてはいけない」という誤解です。84条1項は承認を求めているだけで、禁止していません。
二つめは「法人と取引しないのだから関係ない」という誤解です。競業取引は、法人が取引の当事者にならない場面を対象にした規定です。
三つめは「承認さえ取れば報告はいらない」という誤解です。理事会設置法人では、取引後の報告が別に義務づけられています(92条2項)。
四つめは「NPO法人も同じ承認手続で処理できる」という誤解です。NPO法には競業の承認規定がなく、法人と理事の利益が相反する事項は特別代理人の選任という別の仕組みで処理します(NPO法17条の4)。
理事の競業避止義務についてよくある質問
A. 理事が自己または第三者のために法人の事業の部類に属する取引をしようとするときに、重要な事実を開示して承認を受けなければならないという定めです(一般法人法84条1項1号)。禁止ではなく、承認を要求する仕組みです。
A. 理事会を置く一般社団法人は理事会(92条1項)、置かない一般社団法人は社員総会(84条1項)、一般財団法人は理事会です(197条で84条1項の「社員総会」を「理事会」と読み替え)。
A. その取引によって理事または第三者が得た利益の額が、法人に生じた損害の額と推定されます(一般法人法111条2項)。法人が損害額を立証する負担が軽くなる形です。
A. 理事会設置一般社団法人では、取引をした理事が取引後遅滞なく重要な事実を理事会に報告しなければなりません(92条2項)。一般財団法人も197条により同じです。
A. 理事会の決議について特別の利害関係を有する理事は、その決議に加わることができません(一般法人法95条2項)。
A. NPO法には一般法人法84条1項1号のような競業取引の承認規定はありません。法人と理事の利益が相反する事項については、理事は代表権を有せず、所轄庁が特別代理人を選任します(NPO法17条の4)。
A. 別のものです。従業員のそれは就業規則や誓約書など契約に基づく制限で、理事の競業避止義務は法律が承認手続を定めているものです。
📖 参考にした公的機関の情報


