名刺には理事長と書いてあるが、登記簿を見ると代表理事は別の人だった。
副理事長が取引先と契約書を交わしていたが、その人に代表権はなかった。
一般社団法人では、肩書と登記された代表権がずれていることが珍しくありません。
では、代表権のない理事が法人の名前で結んだ契約は、無効として断れるのでしょうか。
この問題に答えを出しているのが、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律82条の表見代表理事という規定です。
この記事では、条文に沿って表見代表理事の仕組みと、法人側が取るべき実務の対応を整理します。
表見代表理事とは|肩書を信じた相手を守るための規定
表見代表理事とは、実際には代表権を持たないのに、代表権があるように見える名称を付けられた理事のことです。
法82条は、そうした理事がした行為について、法人が善意の第三者に対して責任を負うと定めています。
表見という言葉は、外から見えている状態という意味です。
つまり、内部の実態ではなく、外から見えた姿を基準に責任の所在を決めるという考え方です。
取引の相手方は、法人の内部規程や理事会の決議を知る立場にありません。
目の前にある名刺や契約書の肩書を信じて取引するのが普通です。
その信頼を保護しなければ、法人と取引すること自体が危険になってしまいます。
だからこそ、紛らわしい肩書を付けた法人の側にリスクを負わせるという構造になっています。
前提の確認|一般社団法人の代表権は誰が持つのか
表見代表理事を理解するには、まず本来の代表権の所在を押さえる必要があります。
法77条1項は、理事は一般社団法人を代表すると定めています。
ただし、他に代表理事その他一般社団法人を代表する者を定めた場合は、この限りでないという但し書きが付いています。
そして同条2項は、代表理事を定めていない法人で理事が二人以上いる場合、理事は各自が単独で法人を代表すると定めています。
代表理事を置いていない小さな法人では、理事全員に代表権があるということです。
同条3項は、理事会を置かない法人について、定款・定款の定めに基づく理事の互選・社員総会の決議のいずれかで、理事の中から代表理事を定めることができるとしています。
一方、理事会設置一般社団法人では、法90条3項により、理事会が理事の中から代表理事を選定しなければなりません。
代表理事の選定と解職は、法90条2項3号で理事会の職務とされています。
代表理事の権限は「一切の裁判上又は裁判外の行為」
法77条4項は、代表理事の権限の広さを定めた条文です。
代表理事は、一般社団法人の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有すると書かれています。
裁判外の行為とは、契約の締結、支払い、雇用、財産の処分など、日常の取引全般を指します。
裁判上の行為とは、訴訟を起こしたり訴えられたりする場面で法人を代表することです。
この権限は、事業の一部ではなく業務全体に及びます。
言い換えれば、代表理事のした行為は、原則としてそのまま法人の行為になります。
だからこそ、誰が代表理事なのかは登記事項とされ、外部から確認できるようになっています。
法301条2項6号が、代表理事の氏名および住所を登記すべき事項として挙げています。
内部で代表権を制限しても、善意の第三者には通用しない
実務では、代表理事の権限に内部的な制限を付けることがあります。
たとえば、一定金額以上の契約は理事会の承認を要する、といった定めです。
こうした制限は、法人の内部では有効に働きます。
承認を得ずに契約した代表理事は、法人に対して責任を問われる可能性があります。
しかし、法77条5項は、前項の権限に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができないと定めています。
つまり、制限があることを知らずに取引した相手には、後から契約は無効だと言えません。
内部の決まりごとは、あくまで内部の話にとどまるということです。
表見代表理事の規定は、この考え方をさらに一歩進めたものだと理解すると分かりやすくなります。
法82条の条文をそのまま読む|要件は三つ
法82条の条文は短く、次のように書かれています。
一般社団法人は、代表理事以外の理事に理事長その他一般社団法人を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該理事がした行為について、善意の第三者に対してその責任を負う。
ここから読み取れる要件は三つです。
一つ目は、その人が代表理事以外の理事であることです。
二つ目は、法人がその理事に、代表権があると認められる名称を付けたことです。
三つ目は、責任を追及する相手方が善意の第三者であることです。
善意とは、日常語の親切という意味ではなく、その事情を知らなかったという法律用語です。
ここでは、その理事に代表権がないことを知らなかった、という意味になります。
「代表する権限を有すると認められる名称」とは何か
条文は理事長という名称を例として挙げていますが、これに限られるわけではありません。
その他一般社団法人を代表する権限を有するものと認められる名称、という書き方をしているからです。
外から見て、この人が法人を代表しているのだろうと受け取れる呼び方であれば、広く該当し得ます。
実務でよく使われるのは、理事長、会長、代表、代表理事長、専務理事、常務理事といった呼び方です。
注意したいのは、これらの肩書はいずれも法律上の用語ではないという点です。
法律が定めている機関の名前は、あくまで理事と代表理事です。
多くの法人は、定款で代表理事を理事長と呼ぶと定めて、両者を一致させています。
問題が起きるのは、この一致が崩れて、代表権のない理事に代表者らしい肩書だけを与えたときです。
なぜ肩書だけで法人が責任を負うのか
取引の相手方の立場に立つと、この規定の意味がはっきりします。
法人と契約するとき、相手方がまず目にするのは名刺、会社案内、ウェブサイト、契約書の署名欄です。
そこに理事長と書いてあれば、その人が法人を代表していると考えるのが自然です。
登記簿を毎回取り寄せて代表理事を確認する取引先は、現実にはそう多くありません。
一方、法人の側は、誰に代表権があり、誰にどんな肩書を与えるかを自分で決められる立場にあります。
見た目と実態のずれを作り出したのは法人自身であり、それを直せるのも法人だけです。
どちらがリスクを負うべきかを考えれば、法人側に負担させるという結論になります。
法82条は、この責任の分配を条文の形で示したものです。
登記されるのは代表理事であって、肩書ではない
ここは実務で最も誤解が多いところです。
登記事項として法301条2項に並んでいるのは、5号の理事の氏名と、6号の代表理事の氏名および住所です。
理事長や会長という肩書そのものは登記されません。
したがって、登記簿を見ても誰が理事長なのかは分かりません。
分かるのは、誰が理事で、そのうち誰が代表理事なのかだけです。
逆にいえば、法人が対外的にどんな肩書を名乗らせているかは、登記からは見えません。
この見えない部分でずれが生じると、表見代表理事の問題が起きます。
なお、代表理事が変わったときは、法303条により2週間以内に変更の登記をしなければなりません。
理事会設置法人での整理|業務執行理事と代表理事は違う
理事会を置いている法人では、もう一段の整理が必要です。
法91条1項は、理事会設置一般社団法人の業務を執行する理事を二種類挙げています。
一つは代表理事、もう一つは理事会の決議によって業務を執行する理事として選定されたものです。
後者は一般に業務執行理事と呼ばれます。
重要なのは、業務執行理事は業務を執行できるが、法人を代表する権限は持たないという点です。
業務執行と代表は、法律上まったく別の概念です。
この二つを社内で混同し、業務執行理事に専務理事や副理事長といった肩書を与えると、表見代表理事の問題が生じます。
なお、法91条2項により、これらの理事は3か月に1回以上、自己の職務の執行の状況を理事会に報告しなければなりません。
実務で起きがちな場面|副理事長が押印した契約書
典型的な場面を想定してみます。
ある一般社団法人に、代表理事のA理事と、代表権のないB理事がいるとします。
B理事は法人の内部で副理事長と呼ばれ、名刺にもその肩書を印刷していました。
B理事は取引先と業務委託契約を結び、法人名と副理事長という肩書で署名しました。
後になって法人が、Bには代表権がなかったのでこの契約は無効だと主張したとします。
取引先がBに代表権がないことを知らなかったのであれば、法82条により法人は責任を負います。
契約は法人を拘束し、法人は履行を求められる立場になります。
法人としては、B理事に対して内部的な責任を追及することはできても、取引先に対して契約の効力を否定することはできません。
トラブルを防ぐための四つの実務対応
防ぎ方は、複雑なものではありません。
第一に、定款で代表理事の呼称を定め、肩書と代表権を一致させることです。
代表理事を理事長と称する、と定款に書いておけば、理事長は必ず代表理事だという状態を作れます。
第二に、代表権のない理事には、代表者らしい肩書を与えないことです。
どうしても序列を示したい場合は、担当理事、事業担当理事のように、代表を連想させない呼び方を選びます。
第三に、名刺・ウェブサイト・パンフレット・契約書の署名欄を、実際の登記と突き合わせて点検することです。
第四に、契約の締結権限を誰が持つのかを内規で明文化し、押印の手順とセットで運用することです。
これらは費用のかかる対策ではなく、肩書を決めるときの一手間で済みます。
法78条との違い|法人が負う損害賠償責任
法82条と混同されやすいのが、法78条の代表者の行為についての損害賠償責任です。
法78条は、一般社団法人は、代表理事その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負うと定めています。
この条文が扱っているのは、契約の効力ではなく、加えた損害の賠償です。
たとえば、代表理事が職務の中で第三者に損害を与えた場合に、法人が賠償の責任を負うという場面です。
これに対して法82条は、肩書を信じて取引した相手方との関係で、法人が責任を負うという場面を扱います。
どちらも法人が外部に対して責任を負う規定ですが、対象とする場面が違います。
実務では、契約の効力が問題なら82条、損害の賠償が問題なら78条、と切り分けて考えると整理しやすくなります。
なお、代表理事が欠けた場合の措置は法79条にあり、退任した代表理事がなお権利義務を有すること、裁判所が一時代表理事の職務を行うべき者を選任できることが定められています。
| よくある肩書 | 法律上の位置づけ | 登記されるか | 代表権 |
|---|---|---|---|
| 代表理事 | 法律上の機関(法77条3項・90条3項) | される(法301条2項6号) | あり |
| 理事長 | 法律上の用語ではない呼称 | されない | 定款や選定の内容による |
| 会長・副理事長 | 法律上の用語ではない呼称 | されない | 代表理事でなければ無い |
| 業務執行理事 | 法91条1項2号の理事 | されない | 無い(業務執行のみ) |
| 理事 | 法律上の機関 | される(法301条2項5号) | 代表理事を定めていなければ各自あり(法77条2項) |
そのほかのよくある質問
A. 相手方がその理事に代表権がないことを知らなかった場合は、断れません。法82条により、法人は善意の第三者に対して責任を負います。ただし、理事長などの代表権があると認められる名称を法人がその理事に付けていたことが前提です。
A. 登記されません。法301条2項が登記事項としているのは、理事の氏名(5号)と代表理事の氏名および住所(6号)です。理事長や会長といった呼称は法律上の用語ではなく、登記簿には表れません。
A. できます。法77条1項の本文により理事が法人を代表し、理事が二人以上いる場合は同条2項で各自が代表します。ただし理事会設置一般社団法人では、法90条3項により理事会が理事の中から代表理事を選定しなければなりません。
A. 対外的には安全になりません。法77条5項は、代表理事の権限に加えた制限は善意の第三者に対抗することができないと定めています。内部での責任追及の根拠にはなりますが、取引の相手方には主張できません。
A. ありません。法91条1項2号の業務執行理事は、理事会の決議で業務を執行する理事として選定された者であり、業務執行の権限と代表権は別のものです。代表権があるのは代表理事です。
A. 最終的には裁判所が判断します。肩書の内容、名刺やウェブサイトの記載、取引の経緯などから、代表権があると認められる名称かどうか、相手方が善意だったかどうかが個別に検討されます。争いになる前に、肩書と登記を一致させておくことが確実です。
📖 参考にした公的機関の情報


