理事の不正を疑ったら?社員ができる差止請求・検査役・解任の訴え

一般社団法人で理事の不正を疑ったとき社員ができる差止請求・検査役・解任の訴え 一般社団法人法
疑いの段階と、損害が出たあとでは、使える手段が違います。

理事が法人のお金を私的に使っているようだ。

説明を求めても、決算の資料を見せてもらえない。

一般社団法人の運営でこうした場面に直面したとき、社員に何ができるのかを知らないまま時間だけが過ぎることがあります。

実は、法律は社員のために、段階ごとにいくつもの手段を用意しています。

この記事では、資料の閲覧から差止請求、検査役の選任、責任追及の訴えまで、条文に沿って順番に整理します。

POINT 結論:まず計算書類や議事録の閲覧で事実を確かめ、必要なら社員総会の招集を請求します。行為をやめさせたいときは差止請求、事実関係を調べたいときは裁判所への検査役選任の申立て、損害が出たあとは責任追及の訴えという順に進みます。議決権の10分の1以上という要件が使われる場面が多いので、早い段階で他の社員と足並みをそろえることが実務上いちばん効きます。

疑いの段階でできることは限られる

最初に、率直な現実を書きます。

「怪しい」という段階では、法人の帳簿の奥まで自由に見られるわけではありません。

社員に認められているのは、法律が定めた範囲の閲覧と請求です。

ですから、順番としては、まず見られるものを見て、事実を固めてから、次の手段に進むという流れになります。

いきなり訴えを起こそうとしても、証拠がなければ形になりません。

また、多くの手段は「総社員の議決権の10分の1以上」を必要とします。

一人で動くより、同じ懸念を持つ社員に声をかけて要件を満たすほうが、選べる手段は一気に増えます。

感情的な対立になる前に、記録と数の二つを押さえておいてください。

まず見るもの|計算書類と附属明細書の閲覧

出発点は、計算書類等の閲覧です。

法129条1項により、法人は計算書類・事業報告・これらの附属明細書を、定時社員総会の日の1週間前(理事会設置一般社団法人では2週間前)の日から5年間備え置く義務があります。

従たる事務所にも、写しを3年間備え置くのが原則です。

そして法129条3項は、社員および債権者は、業務時間内であればいつでも閲覧や謄本の交付を請求できると定めています。

債権者にも認められている点が特徴で、社員だけの権利ではありません。

謄本や抄本の交付を求める場合は、法人が定めた費用を払う必要があります。

「見せられない」と言われたら、この条文を示して請求してください。

備え置き自体を怠っている場合は、それ自体が問題の兆候です。

社員名簿の閲覧には理由を示す必要がある

他の社員に呼びかけるには、社員名簿が要ります。

法32条1項により、法人は社員名簿を主たる事務所に備え置かなければなりません。

社員は業務時間内にいつでも閲覧や謄写を請求できますが、請求の理由を明らかにしてしなければならないとされています(同条2項)。

法人は原則として拒めませんが、法32条3項が四つの拒否事由を挙げています。

権利の確保や行使に関する調査以外の目的である場合、業務の遂行を妨げたり社員の共同の利益を害する目的である場合。

閲覧で知った事実を利益を得て第三者に通報するための請求である場合、過去2年以内に実際にそうした通報をしたことがある場合です。

逆にいえば、権利行使のための調査であれば、正当な請求です。

請求書には目的をはっきり書いて、記録に残る形で出してください。

社員総会の招集を請求する|10分の1のルール

資料を見て問題が具体化したら、社員総会の場に載せます。

法37条1項により、総社員の議決権の10分の1(定款で5分の1以下の割合を定めたときはその割合)以上の議決権を持つ社員は、

社員総会の目的である事項と招集の理由を示して、理事に招集を請求できます。

理事がこれに応じないこともあります。

その場合、法37条2項により、裁判所の許可を得て社員が自ら総会を招集できます。

許可を求められるのは、請求後遅滞なく招集の手続が行われないとき、または請求日から6週間(定款でこれを下回る期間を定めたときはその期間)以内の日を総会の日とする招集通知が発せられないときです。

つまり、無視され続けても行き止まりにはなりません。

請求はいつ出したかが起算点になるので、日付の分かる方法で送ってください。

監事がいるなら、先に監事へ伝える

監事を置いている法人であれば、まず監事に情報を渡すのが現実的です。

監事は理事の職務の執行を監査する立場で、調査の権限を持っています。

社員が個別に動くより、監事が調査したほうが早く事実にたどり着くことも多いです。

監事には後述する差止請求の権限もあり、社員より要件が緩やかな場面があります。

監事が機能していない、あるいは理事と近すぎて期待できない。

そうした場合に、社員自身が動く手段を考えることになります。

監事の職務や権限については、監事の仕事を扱った記事も参考にしてください。

誰が何を調べられるのかを整理してから動くと、無駄が減ります。

行為をやめさせる|社員による差止請求

これから行われようとしている行為を止めたい場合の手段が、差止請求です。

法88条1項は、理事が法人の目的の範囲外の行為その他法令や定款に違反する行為をし、またはこれらの行為をするおそれがある場合に、それによって法人に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、

社員はその理事に対し、行為をやめることを請求できると定めています。

注意したいのは同条2項です。

監事設置一般社団法人では、「著しい損害」が「回復することができない損害」に読み替えられます。

監事がいる法人では、社員が差止めを求めるハードルが上がるということです。

監事がいる場合はまず監事に動いてもらう、という順序に実務上の意味があります。

監事による差止請求は仮処分の担保が不要

監事にも差止請求の権限があります。

法103条1項により、監事は、理事が目的の範囲外の行為その他法令や定款に違反する行為をし、またはそのおそれがある場合において、法人に著しい損害が生ずるおそれがあるときに、行為をやめるよう請求できます。

社員の場合と違い、監事設置法人でも要件は「著しい損害」のままです。

さらに実務上大きいのが同条2項です。

裁判所が仮処分でその行為の差止めを命じるとき、担保を立てさせないものとすると定められています。

通常、仮処分では申立人が担保金を積む必要があり、これが大きな負担になります。

監事が申し立てる場合はそれが不要なので、実際に止められる可能性が高くなります。

急いで止めたい事案ほど、監事を動かす意味は大きいといえます。

裁判所に検査役を選んでもらう

自分たちでは調べきれない。そのときの手段が検査役の選任です。

法86条1項は、法人の業務の執行に関し、不正の行為または法令もしくは定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由があるときに、

総社員の議決権の10分の1(定款でこれを下回る割合を定めたときはその割合)以上の議決権を有する社員は、業務と財産の状況を調査させるため、裁判所に検査役の選任を申し立てることができると定めています。

「疑うに足りる事由」で足りるので、不正を証明しきる必要はありません。

申立てがあった場合、裁判所は不適法として却下する場合を除き、検査役を選任しなければなりません(同条2項)。

裁判所が選ぶので、法人側の息のかかっていない第三者が調べることになります。

対立が深刻な法人ほど、この中立性が効いてきます。

検査役の調査はどう進むか

選任された検査役は、必要な調査を行います。

法86条4項により、必要があるときは子法人の業務と財産の状況も調査できます。

調査結果は書面または電磁的記録にまとめられ、裁判所に提供して報告されます(同条5項)。

裁判所は、報告の内容を明瞭にしたり根拠を確認したりする必要があると認めるときは、さらに報告を求めることができます(同条6項)。

そして検査役は、報告をしたときは、法人と申立てをした社員に対しても、その書面を交付します(同条7項)。

つまり、申立てをした社員の手元にも調査結果が届くという点が重要です。

検査役の報酬は、裁判所が額を定めることができ、法人が支払います(同条3項)。

調べた結果を、その後の総会や訴訟で使えるところまで見据えて申し立ててください。

損害が出たあと|役員等の損害賠償責任

すでに法人に損害が生じている場合は、賠償の問題になります。

法111条1項は、理事・監事・会計監査人(役員等)は、その任務を怠ったときは、法人に対して生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。

利益相反取引が絡む場合には、推定規定が働きます。

法84条1項1号の取引をしたときは、理事や第三者が得た利益の額が損害の額と推定されます(法111条2項)。

また同条3項では、一定の理事について任務を怠ったものと推定されます。

推定が働くと、責任がないことを役員の側が示さなければならなくなります。

そして法112条は、この責任は総社員の同意がなければ免除できないと定めています。

「理事会で不問にした」という処理では、責任は消えません。

法人が動かないとき|責任追及の訴え

本来、役員の責任を追及するのは法人自身です。

しかし理事同士でかばい合えば、法人は動きません。

そこで法278条1項は、社員が法人に対し、書面その他法務省令で定める方法により、設立時社員・設立時理事・役員等・清算人の責任を追及する訴えの提起を請求できるとしています。

法人がその請求の日から60日以内に責任追及の訴えを提起しないとき、請求をした社員は、法人のために自ら訴えを提起できます(同条2項)。

法人が提訴しない場合、請求があれば、提訴しない理由を書面等で通知しなければなりません(同条3項)。

さらに、60日の経過によって法人に回復することができない損害が生ずるおそれがあるときは、社員は直ちに訴えを提起できます(同条4項)。

ただし、社員や第三者の不正な利益を図る目的や、法人に損害を加える目的の場合は認められません。

責任追及の訴えの管轄と、費用の負担

訴える場所は決まっています。

法279条により、責任追及の訴えは、法人の主たる事務所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属します。

費用の扱いにも配慮があります。

法282条1項は、提訴した社員が勝訴(一部勝訴を含む)した場合、訴訟費用を除く必要な費用や弁護士報酬について、相当と認められる額の支払を法人に請求できると定めています。

そして同条2項が実務上とても大きい規定です。

敗訴した場合であっても、悪意があったときを除き、社員は法人に対して損害を賠償する義務を負いません。

負けたら丸ごと責任を負わされる、という制度ではないということです。

なお、社員は提訴したら遅滞なく法人に訴訟告知をする必要があります(法280条3項)。

解任の議案が否決されたとき|解任の訴え

総会で解任を諮ったのに、多数で否決されてしまうこともあります。

その場合の手段が、法284条の役員等の解任の訴えです。

理事・監事・評議員の職務の執行に関し、不正の行為または法令もしくは定款に違反する重大な事実があったにもかかわらず、解任の議案が社員総会で否決されたとき。

総社員(当該請求に係る理事または監事である社員を除く)の議決権の10分の1以上を有する社員は、その社員総会の日から30日以内に限り、訴えをもって解任を請求できます。

期間が30日と短いので、否決された時点で動き出す必要があります。

多数派に押し切られても終わりではない、という点は覚えておいてください。

ただし、単なる方針の対立では要件を満たしません。

決議そのものがおかしいとき|決議取消しの訴え

手続き自体に問題がある場合は、決議を争う方法もあります。

法266条1項は、社員等は、決議の日から3か月以内に限り、訴えをもって決議の取消しを請求できるとしています。

対象となるのは三つの場合です。

招集の手続または決議の方法が法令や定款に違反し、または著しく不公正なとき。

決議の内容が定款に違反するとき。

決議について特別の利害関係を有する社員が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたときです。

ただし同条2項により、違反する事実が重大でなく、決議に影響を及ぼさないと認められるときは、裁判所は請求を棄却することができます。

些細な不備をあげつらう趣旨の制度ではない、ということです。

実務での進め方|記録を残し、段階を踏む

最後に、順序を整理します。

第一に、計算書類等と議事録を閲覧し、事実を書面で確かめます。

第二に、社員名簿の閲覧を請求し、同じ懸念を持つ社員に声をかけて議決権の10分の1を確保します。

第三に、監事がいれば監事に情報を渡し、調査と必要なら差止請求を求めます。

第四に、社員総会の招集を請求し、記録の残る方法で送って日付を押さえます。

第五に、事実関係を固めきれないなら検査役の選任を申し立てます。

第六に、損害が確定したら責任追及の訴え、人を替えたいなら解任の訴えを検討します。

どの段階でも、いつ何を請求し、どう回答されたかを記録に残すことが結局いちばんの武器になります。

実際に訴えを提起する段階では、弁護士に相談してください。

よくある質問

Q. 社員が一人でも理事の不正を追及できますか?

A. 手段によります。計算書類等の閲覧(法129条3項)や社員による差止請求(法88条)、責任追及の訴えの提起請求(法278条)は、議決権の割合の要件がありません。一方、社員総会の招集請求(法37条)、検査役の選任申立て(法86条)、解任の訴え(法284条)は、総社員の議決権の10分の1以上が必要です。

Q. 差止請求は監事がいる法人でも使えますか?

A. 使えますが、要件が厳しくなります。法88条2項により、監事設置一般社団法人では「著しい損害」が「回復することができない損害」に読み替えられます。監事自身が行う差止請求(法103条)は「著しい損害」のままで、仮処分の担保も不要とされているため、監事がいる場合はまず監事に動いてもらうのが現実的です。

Q. 検査役を選んでもらうには不正の証拠が必要ですか?

A. 証明までは不要です。法86条1項の要件は、不正の行為または法令もしくは定款に違反する重大な事実があることを「疑うに足りる事由」があることです。申立てがあれば、裁判所は不適法として却下する場合を除き検査役を選任しなければなりません。

Q. 理事の責任を理事会や社員総会の決議で免除できますか?

A. できません。法112条により、法111条1項の責任は総社員の同意がなければ免除できません。理事会で不問にする、多数決で済ませるといった処理では責任は消えないということです。

Q. 責任追及の訴えで負けたら、社員が賠償させられますか?

A. 原則として負いません。法282条2項により、敗訴した場合でも、悪意があったときを除き、社員は法人に対して損害を賠償する義務を負いません。勝訴したときは、必要な費用や弁護士報酬について相当と認められる額の支払を法人に請求できます(同条1項)。

Q. 解任の議案が総会で否決されたら、もう打つ手はありませんか?

A. あります。法284条により、職務の執行に関し不正の行為または法令もしくは定款に違反する重大な事実があったにもかかわらず解任議案が否決されたときは、議決権の10分の1以上を有する社員が、その社員総会の日から30日以内に解任の訴えを提起できます。期間が短いので早く動いてください。


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